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zoom RSS 学校というところ

<<   作成日時 : 2005/12/08 05:19   >>

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 生活していく上で最低限の知識や教養、マナーや意識などを学ぶために学校に行って勉強(生活)をするということに異存はない。もちろん字が読めなくたって生きていけるが、読めた方が便利だ。難しい計算式なんて学校を出てから一度も使ったことがないが、あれは考え方を勉強しているんだと思えばとてもおもしろいものだと思う。歴史や地理は覚えるのは大変だが、旅行を兼ねて現地に赴けばとても楽しい。この先訪れる地への下調べだと思えばこれまた楽しい。すべてにおいて楽しめるものだと思うのだが、どうして苦痛になってしまうんだろう?

 まず自分の体験からも試験があるから苦痛だった。ここで線を引かれる、ということに敏感になってしまった。「これを学んでどうするんだろう?」という不安・懐疑から苦痛になったこともある。数学の公式を実生活に当てはめて教えてくれたらもっとのめり込んだかもしれない。朝早く登校するのも苦痛だったなぁ。。。小学生の頃から朝は駄目だったからなぁ、、、。これはしょうがないと諦めるか。
 苦痛の向こうに喜びがある、というのも理解出来るが、僕は楽しさの向こうに喜びがあった方がいいな。苦痛と感じない、感じさせない、そんなのが嬉しい。

 今日、地元の吹奏楽団での練習があった。最近はトロンボーンを吹くということに慣れたみたいで良い調子だ。でも高い音ばかりの譜面だとくちびるがすぐに限界。指揮者の先生の意図通りに吹きたいのだが、1曲まともに吹いたらもう限界、全然くちびるが耐えられません。日頃俺の書いている譜面を吹いてくれるプロの方々はすごいなぁ、と改めて実感。
 さて、自分はどうする?? 地道な練習=毎日のロングトーン=苦痛、、、、あー、変な公式が出来ている。楽しく地道な練習をするためには、、、仲間が必要ですなぁ。毎朝小学生と一緒に吹こうか。。。朝早く起きる=起きられないから徹夜=寝不足で仕事が出来ない=苦痛。。。。うーん、どうしたらいいんだろう??

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